アニメ『Fate/EXTRA Last Encore』は、全く楽しめなかった。
Fate原作者の奈須きのこがストーリー原案からシリーズ構成まで務めるということで、多くのFateファンが期待していた。
しかし、いざ出来上がった作品を観ると設定が難解で理解しがたく、キャラクターには感情移入出来ず
バトルは退屈でストーリーには惹かれるものが無いと言ったとんでもない駄作に仕上がっていたのだ。
原作者は聖杯戦争の行く末を描きたかったようだが、そこで登場させた当事者が
電脳世界でのみ生きる過去の妄念に囚われたマスターとサーヴァントであったことが作品失敗の主な理由だろう。
その敵と戦うのが主人公岸浪ハクノとそのサーヴァントのネロ・クラウディウスである。
実質死者との戦いなので、主人公たちには除霊師のような役割を課せられている。
外形的には戦闘での勝利が次の階層への到達の条件となっているが、バトルにおいては
敵の精神の浄化、つまり成仏させることに重きが置かれている。
仮染めの戦闘はあるが、それは殺陣のように見栄えだけのものでしかなかった。
折伏とその抵抗、大部分の戦闘は会話劇に置き換えられ視聴者を退屈させた。
Fate作品では生きているマスターが死せるサーヴァントを現界させ、その過去と現在の交錯にドラマが生まれていたが
この作品は死者同士の主従なので、彼らとの戦いは
虚無の沼に引きずり降ろされるか、そこから脱け出るかという様相を持っている。
従来のFate作品のような生存競争に挑む意志とは程遠い退屈な負の動機があるだけである。
今作のマスターは各階を守るフロアマスターとなり、これまでのFate作品と違い存在感と役割がスケールダウンしてしまい
キャラクターの魅力を大きく減じている。
フロアマスター、正確には精神的な屈折を抱え各階に引きこもったひきこもりのような存在である。
基本ペア同士の戦いなので、複数のマスターとサーヴァントが入り乱れて戦うバトルロイヤルの緊張感も無くなった。
この物語は主人公岸浪ハクノの悟りの過程である。
聖杯戦争が機能しなくなった電脳世界では、勝利にするために他者と争う必要は無くなっていた。
なので彼自身が己で悟りを深めることで勝利に近づくという物語の構造になっている。
最終戦でのトワイスとの戦いで彼が相手と衝突することもなくすり抜けてしまったのはその象徴である。
電脳世界での目的達成は知識と知恵で成し遂げられ、他者との争いを必要としないという
未来社会への原作者の楽観主義を感じたが、残念ながらアニメとしては魅力的では無かった。
そして従者のネロが戦っていたのは覚者の残した構造物である。
本質的に敵とのバトルが存在しなかったのはマスターと同様で、ラストバトルとしてのカタルシスは皆無である。
今までRPGのゲームをプレイしていたのに最終戦だけいきなりアクションゲームになってしまった違和感があった。
SFの難解な設定もあり、過去のゲーム原作のそれも入り込んでおり
初見では理解は難しい。
興味を惹くような意味深な部分も、多くなりすぎると作品全体が意味不明となりアニメオタクから視聴を打ち切られることになる。
それでも視聴を続ける者がいたのは奈須きのこのネームバリューのおかげである。
とは言えアニメ視聴者の絶対数から見るとさすがに信者は少なく広範な支持は得ることは出来ず、
話題性や円盤の売上は芳しく無かったようだ。
作品を公開すると言うのは、他人から理解してもらうことが前提にある。
今作の評判を考えると、原作者にとって表現することの意味を問われたはずである。
奈須きのこ謹製の作品ということで、大々的な批判は憚られ
おそらくファンの間では無かったことにされるFateである。