アニメ『無職転生』の評判でよく聞くのは、作画や背景美術の美しさである。
それらと並んで、画面に映るキャラクターを裏で支えるもう1つの重要な作品の要素が「形見」である。
この作品では、形見が単純あるいは複雑な過程で登場人物の間でやり取りされる。
最初に主人公ルーデウスが家族以外から与えられた形見が、
ロキシーからの卒業試験の合格の証である小さな杖と首飾りである。
手に取る度にロキシーへの想いを募らせたであろう首飾りを、
彼は意外にも道中でパーティを組んだルイジェルドに与えてしまう。
そして長い旅の別れの時に返されそうになるが、「大切なものだから」と説明しルーデウスは断る。
同じようにルーデウスは、ロキシーの父親から貰った剣はエリスに、
鉢金は自分の正体を隠して「他人」の振りをして義妹に惜しむことなく与えている。
大切なものを自分の手許に留めてしまうのならば、それは過去の思い出と心中することも意味しかねない。
そうではなく人々の手を渡り歩く形見が過去を繋ぎ、
そして交流が拡がっていく未来にも繋がることに彼は希望を託しているのだ。
形見には授受する双方の想いが乗せられているが、贈った者の現在の姿が必ずしも反映されているとは限らない。
時にそれは、対立を齎しかねないマイナスの効果さえ持つこともある。
その例が、エリスがギレーヌから贈られた指輪である。
エリスたちは訪れたギレーヌの生まれ故郷で、彼女が裏切り者として拭い切れない過去が持つことを知ることになった。
ギレーヌを師匠として慕っているエリスと村の者との認識の違いから来る諍いを、皮肉にも指輪が生んでしまったのだ。
代償として、「今」のズレた認識を埋める為の直接の対話が求められ、
ギレーヌの正確な姿を両者が共有することで漸く問題は解決されたのである。
以上は人の手を渡る形見の例だが、過去を共に過ごした思い出の品が
形見と同様の作用を持つこともある。
故郷に戻ったロキシーが両親と再会するも蟠りが溶けず永遠の別れを告げようとした時、
彼女の視界に人形が映る。
それはロキシーが幼少時に母親から貰った人形で、念話が出来ないコンプレックスを超えた大いなる母親の愛情の記憶を呼び起こし、
彼女が両親と和解するキッカケとなったのである。
ドルディア族の村に滞在中のルーデウスとエリスとの思い出を留めるために村の少女が作った木彫人形も
やがて過去のものとなるはずだが、
時が過ぎ将来が「今」を迎えたなら、それは村の人々の行動を動機付ける形見になるのだろう。