物語序盤のエリスINロキシーOUTのヒロイン交代の流れを残念に思った。
魅力的なヒロインから魅力の無い暴力女になってしまった、と。
しかしそれは間違いだった。
やがて美しい花を咲かせる赤い蕾の可能性を見抜けなかったのだ。
エリスの魅力は子供らしさから発している。
花は美しい。
しかし咲こうとする花はもっと美しい。
エリスは家庭教師としてやって来たルーデウスとの初対面のシーンで、その将来を大いに期待させる美貌を覗かせる。
だがそれは、会った早々ルーデウスをボコボコにした彼女の暴力性に完全に塗り潰されてしまう。
気に入らないものは全て遠慮なく暴力でねじ伏せる彼女の異常さは、
従来の「暴力系ヒロイン」の言葉で納まるものではない。
人との距離感を無視した加隈亜衣さんの唯我独尊的な演技もそれに拍車をかけている。
過去の横暴な振る舞いが仇となりエリスは拉致されるのだが、
ここで注目すべき彼女の魅力的な側面の一部が明らかになる。
エリスは暴漢に居場所を知られないようにルーデウスに大声を出さないように約束させられる。
しかし暴漢に見つかり身体を担がれている状態で尚も自らの口を塞ぎ、
頑なにルーデウスの言いつけを守っているのである。
状況把握が出来ない幼さ、そして融通の効かない愚直さは笑うべきかもしれないが
反転して彼女の忠誠の強さという好ましい特徴になった。
ルーデウスの放った火球を見て、まるで花火に夢中な子供みたいにエリスは目を輝かせる。
後に彼女は火の魔術を習得して喜ぶが、この瞬間に暴力とは違う多様な力の存在を認識し憧れを抱くのである。
今まで自分が頼っていた力に執着せず、プライドが新しい価値観を阻害することも無い。
これは子供の素直さならではである。
無事に拉致事件も解決して彼女はルーデウスを家庭教師として認めることになった。
しかしエリスがルーデウスを受け入れたのは友達としてである。
精神性において女性を感じさせず、ルーデウスから性的なちょっかいを出されて困惑さえする。
本人の性の意識が未分化だから、彼女は一周回って魅力的なヒロインなのだ。
彼女は感情表現に躊躇いが無い。
ルーデウスたちと訪れる街や村の新しい光景を目にして、エリスは全身で驚きと喜びを表現している。
視聴者に代わって旅を謳歌し無邪気にはしゃぐ彼女には感情移入も捗るものだ。
好きな人のためには立場や状況に関係なく直情的になってしまう。
父パウロと不和になって傷心のルーデウスを見て我が事のように激高し、そのパウロに殴りかかろうとする。
かつての自分のための行動様式が他人のためになったのは彼女の成長とは言えよう。
ルーデウスを思うばかり人間関係を無視し彼の家族に対してでさえ暴力を振るう、それは不器用であっても献身的なのだ。
ただ人は子供のままではいられない。
進む時間と襲ってくる試練は、エリスに否応なく大人への道を歩ませる。
弟子としてギレーヌに学んだことから始まり、旅で出会った強者に挑んだりしてエリスは剣術の修行に励んでいた。
ルーデウスたちと組んだパーティの中で役割を果たしていることにも満足を感じてもいたはずだ。
しかしオルステッドに完敗し、これまで追い求めた「強さ」を再定義する必要に迫られた。
そうして仲間の一員ではなく対等な存在としてルーデウスに相対したいと、パーティ離脱を決意することになる。
人と距離を置いて再起を図ろうとするのは間違いなく大人の決断だ。
ただ家族を失って天涯孤独の身になった淋しさに身を任せたルーデウスとのセックスは、
今のエリスの「好き」の最大表現に過ぎず子供の域は出ないものだった。
淡白すぎるセックス描写もそれを助長していた。
今後ルーデウスの前に現れる時は、依存ではなくパートナーに相応しい自信を持って愛情を確かめる行為に及ぶはずで、
たった一人でも彼を守れる強さを身につけた大人のエリスが見られるのだろう。
全力の子供らしさと大人への成長、それがエリスの魅力なのだ。