オタクは自分の欲望に正直である。
彼らは善悪の判断を間違えることがあり、その欲望に従った行動が
世間の物議を醸し糾弾されネットの玩具になる。
筆者も彼らを愚かしいと冷ややかに見ることも度々だが、欲望を滾らせるエネルギーには感心している。
常識人は彼らのように道を踏み外さないが、その自制の動機は保身であり、
自分より他人を優先するものである。
非難をする側の常識人は、我慢をして対象を逃すことを恐れ一生の時間感覚が鋭敏な者たちとは分断されている。
剥き出しの生のエネルギーは人目には禍々しく嫌悪されがちだが、
理想的な放出の形が整えられたら最終的には肯定されるのである。
オタクの欲望を忌むべき物と存在まで否定までしてしまうと、
我々が未来に享受出来るはずだった物も失いかねない、そう考えたくなる社会の現状がある。