『刹那合理主義』への不安

合理主義、それは人類を大きく進歩させた思想である。

そして現在は、主に経済分野で更なる発展を遂げている。

 

二次元業界におけるオタクと製作者の間にも、商品やサービスとして作品やグッズがやり取りされており、

当然そこは合理主義が働く余地がある。

製作者はオタクに消費を促すように刺激を与える生産物を作り、オタクは快適さを求めて選別して消費する。

しかし両者が最高度の効率性を発揮するようになると、その生産活動と消費活動は

「自分だけ」「今だけ」を優先する刹那的なものになる。

それは将来性を失い、また過去の蓄積の意味を消失させる経済行動だろう。

 

経済的利益がチラ付くような制作の意図と狙いが明確すぎる「お誂え向き」な作品はオタクが最も毛嫌いするものである。

製作者もクリエイターとして、そのようなウケ狙いだけの作品を作っても面白くないはずだろう。

つまり経済合理性は作品の内容まで干渉できないのだ。

利益が得られる期待があって作品は作られるものだが、その利益を保証する面白さは結果を見ないと分かるものではない。

それは、事前にどのような人間になるか全く予想出来ないのに子供を生むことに似ている。

 

これから作品製作がより合理性を求められたとしても、曖昧模糊としたヒットの生誕地は

しばらくはそのままにしておいて欲しいものである。